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今年観た展示 [美術展・写真展]

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大晦日で今年を振り返ると、色々な事があった年だと思う。それはさておき、今年観た展示で印象に
残っているのは、まずマリオ・ジャコメリ、それから森山大道、そして最近観たジョセフ・クーデルカ。どの展示も回顧展ともいうべき大規模な展示で亡くなったジャコメリはもちろん他の二人の作家も現時点までのほとんどの作品が網羅されているようだった。特に多作の大道は知らない作品がたくさんあって、すごい迫力だった。ロンドンテート・モダンでの展示だったが驚いたのは、その混雑。かなり広い展示に人が溢れていてロンドンでの森山大道の人気の高さをうかがわせた。

先日のクーデルカで思ったが日本では写真展は人気がないようだ。それは写真とは写っている対象を見るもので作品を見るものではないからだと思う。ロンドンで見たサルガドの写真展は日本でもきっと人気があるだろう。なにせ写っているものが尋常ではない。

ことしも写真をたくさん撮ったが何も写っていない写真ばかりで、きっと来年も同じだと思うが、たまには気分を変えて人物でも撮ってみようか。三つの展示を通して言えるのは人が写っている写真は意味が強そうだということ。でも好きなのは人が写っていない写真だということも事実。やっぱり撮る時は何でも撮ってみるということかもしれない。

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「PARIS 光の回廊」小瀧達郎写真展 [美術展・写真展]

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用事が済んだ後でお茶の水へ。時々行っているBauHausで小瀧達郎さんのパリの写真を見に行く。普段は見に行かない種類の写真展だが、今年ロンドンの写真を撮るのに悩んだのでパリがどう撮られているか興味があったのだ。

結論から言うと自分とはちょっと違う種類の写真だが、プリントの諧調など参考になることが多かった。被写体が違うのは、自分のロンドンの写真は写真を撮りにいっている訳ではなく空いた時間に会社の周りやホテルから朝か夜の散歩の際に撮っているので、パリを捉えようとする小瀧達郎さんの写真とは全く違うものだ。それでも何点か自分でも撮ってみたい感じの写真があって参考になった。

話に聞くとタンバールとヘクトールで撮っているということで、ピントの柔らかい感じに合点がいった。写真よりカメラに興味があった時に欲しかったレンズだが、タンバールは高すぎてとても手は出なかった。それであの諧調が出るならまた興味が再燃するが、レンズだけではなく現像やプリントの技や光を選ぶ撮影方法 もあるのでプロのまねをしてもうまくいかないだろう。そう思って物欲を押さえ込む。

印画紙はFomaのクリーム色のマットで、写真のノスタルジックな雰囲気によく合っている。サイズは、六切りというとところだろうか。もう少し大きいサイズで見てみたいとも思った。でも、個人的には縦位置の写真を撮らないと決めているが、今回の展示の写真はほとんどが縦位置なので縦位置ならサイズも小さくても良い感じだった。Tri-Xだと思う粒子感も美しい。きれいなプリントを見ていると自分も早く暗室を再開しなければと思いつつ帰ってきた。


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クーデルカ展 [美術展・写真展]

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楽しみにしていたのだが、なかなか行けなかったクーデルカ展に日曜日の夕方に滑り込み。案外すいていて、やはり写真展は人気がないなと再確認。モネならひとが溢れているだろうが。

今回の展示はクーデルカの初期の作品から最近のものまで網羅されていて満足感が高いものだった。前回、東京都写真美術館で展示された「侵攻」は点数が抑えめでほかのシリーズの作品が多くて良かった。特に初期のプラハで撮られたものは今までに写真集でも見ていなかった、全くの初めてのものばかりで感激した。

「ジプシー」とか「Exiles」とか代表作がかなりの点数で展示されていて、クーデルカらしい暗めの粒状感たっぷりの写真を堪能した。最近悩んでいる印画紙のサイズは多分、大全紙ほどもあって大きさも重要だと思う。
 
最初に若い時の写真がセピア色になって展示されているが、これがまさに好み。構図と言うか撮った対象というかまさにツボ。さらに実験的な作品で、これがまたすごい。ジャコメッリのように中間を飛ばした白と黒の二諧調で作られたものが多い。特に好きなのは、絞りを開放しにして逆光でピントを外した(と思う)何点かの作品。
 
続いて「ジプシー」が圧倒的な枚数とサイズで展示されている。小さな写真集で見ていたのとは違うものだ。ロマ(ジプシー)の生活や内面まで入り込んで撮られた作品で見ていて飽きない重さがある。続いて演劇の写真で「Exiles」と続く。ただ、個人的な好みでは前からそうだが、「Exiles」が一番好きだ。「ジプシー」や「侵攻」はジャーナリスティックで興味深いのだが、作品としては「Exiles」がより深い意味が感じられる。特に撮られた時期が、ソ連を中心とするワルシャワ条約軍がプラハの春を戦車で押しつぶして、クーデルカは「侵攻」を匿名で発表した後、西側に亡命して無国籍者としてヨーロッパの国々の写真を撮って歩いたということを知っているので、その一枚一枚に家族を祖国に残して亡命した無国籍者としての彼の思いが写っているようにも見えるのだ。

最近のシリーズという「カオス」は初めて見たが、すべてパノラマ写真ということで、写真の濃度や粒状感などまったくクーデルカ調で写真としては撮った被写体の迫力やサイズも含めて圧倒的な存在感があるのだが、横長のイメージになじめずにパノラマでなければと思いながら見ていた。それぞれとても好きなのだが、アスペクト比だけが最後まで違和感を感じてしまった。これも自分の偏狭な固定観念のためだと思うが、楽しめないのは仕方ない。

常設展にも写真が展示されていて、森山大道はベッヒャーを見て、クーデルカ展の図録を買ってかえってきた。これがなかなか良くて帰ってからもずっと見ていた。閉館で外に出るとと冬の陽はすっかり落ちて暗くなっていた。



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植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ -写真であそぶ- [美術展・写真展]

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東京都写真美術館の「植田正治とジャック・アンリ・ラルティーグ -写真であそぶ-」を見に行ってきた。どちらの写真家も従来は興味がなかった。 植田正治は演出写真家だからという理由で、ジャック・アンリ・ラルティーグ は単に家族を撮っただけだからという理由だった。

今回、両方の写真家のかなりの点数の写真を見て、その考えは大きくは変わらないが、どちらの写真家の写真も写真としてかなり面白いと思った。つまり写真の魅力はたくさんあり、この二人の写真家の写真はそういう意味で魅力的と思った訳だ。自分では撮らない種類の写真だが、見ていて楽しい写真だ。

特に植田正治は有名なのは演出された家族の写真だが、それ以外にもたくさん演出ではない写真も多いことが分かった。 前に何点かみた演出ではない写真も展示されたいたが、構図とか撮られたタイミングとかかなり興味深い。

 ラルティーグに関しては特に参考になるということはないが、20世紀の初めのスピードの遅いフィルムを使ってしかも箱型のカメラでよく撮れたなという写真が多いのは驚きだ。フランスの富豪の生活についての資料的な価値もあるのだろうが、それ以上の興味はわかなかった。


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「真珠の耳飾りの少女」は旅行中 [美術展・写真展]

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2012年の夏に日本にいた「真珠の耳飾りの少女」はニューヨークに旅行中だそうだ。ニューヨークのフリックコレクションでオランダ絵画展が行われていて、その目玉のようだ。 フリックコレクションは貸し出しをしない美術館だが、借入れは行うというのも自分勝手な感じ。

マウリスハイツ美術館はたびたび「真珠の耳飾りの少女」を貸し出しているということだが、これが見たくて不在中の美術館を訪ねた観光客はがっかりするだろうな。その時には反対側の壁の「デルフトの眺望」があるから、それで我慢するのだろうが、残念な気持ちだろう。美術館にとっては貸し出して貸出の代金を受け取って美術館の運営のために使うのだろうから、それも魅力なのは分かるが、そうそう貸し出しをしなくてもと思う。

それはさておき、フリックコレクションには、「兵士と笑う娘」.「稽古の中断」 と「婦人と召使い」の三枚のフェルメールがあるから、展示としてはなかなか魅力的だ。もうしばらくニューヨークに行っていないから行ってみたいものだがニューヨークはあまりに遠い。最後に行ってからもう6年も過ぎた。行きたいけれど、この展示は来年の1月19日までだが確実にありえないな。


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宮嶋康彦写真展「Siberia 1982」 [美術展・写真展]

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久しぶりののんびりとした週末。劇を見に行ったり食事をしたりしてお茶の水のgallary bauhausまで 宮嶋康彦さんの「Siberia 1982」を見に出かけた。宮嶋康彦さんは写真家であるがたくさんの著作があって大抵は読んでいるが、優れた文筆家でもあると思う。

写真は1982年のシベリアということで、今でも覚えていいるがシベリア鉄道に乗って旅行するということに憧れがあった。飛行機で旅行するよりも何か冒険というかロマンチックな感じがした。何もない荒野を西に向かって走る列車。北京にいる時にモスクワ行きの列車で旅行をしようと考えたが、そんな旅行をする時間が取れなくてあきらめた。

写真は1989年以前の東欧というか、当時のソ連の雰囲気と情景で予定通りなのだが、たった31年で大昔に見える。プリントはプラチナパラジウムプリントで軟調な感じで以前なら好きなトーンだが、このところは写真に黒いところがないと心ときめかないので展示されていた写真集のほうがはるかに好きだった。写真展を見るより長い間、写真集をみていた。あまり気にいったので、注文生産のその写真集を注文した。手元に届くのが楽しみな写真集だ。

gallary bauhaus 宮嶋康彦写真展「Siberia 1982」

会 期 / 2013年9月20日(金)~11月16日(土)
時 間 / 11:00~19:00
休 廊 / 日・月・祝
入場料 / 無料

 

 


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「横山大観展」夜間特別展覧会#2 [美術展・写真展]

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大観と言えば霊峰富士という先入観で行ったので、この絵には驚いた。まるで印象派。「菜の花歌意」と題された作品は明確な対象物が描かれていなくて色と光だけが描かれている。そう言えば昔、「朦朧体」という言葉を習った気がするが大観だったのだ。霊峰富士は欲しくはないがこの絵は欲しかった。

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墨絵も線を描かずにぼかしたり、あるいは片側だけぼかした片ぼけは物のボリューム感を出すのに使われていてどれも成功しているように見えた。

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一番好きだったのは、「洛中洛外雨十題」のうちの「辰巳橋夜雨」 。墨に緑を少し使ったこのシリーズはどれも良かったが、特にこの「辰巳橋夜雨」は建物のらしき立方体の配置とぼけ具合が非常に好みの感じだった。

 

なお、撮影は夜間特別展覧会のために特別に許可されておこなった。 

「横山大観展―良き師、良き友」

会期:2013年10月5日(土)~2013年11月24日(日)

 ※会期中展示替えがあります。(前期:10月5日~30日、後期:11月1日~24日)

休館日:毎週木曜日 

会場:横浜美術館(横浜市西区みなとみらい3-4-1)

開館時間:午前10時~午後6時(入館は閉館の30分前まで) 


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「横山大観展」夜間特別展覧会#1 [美術展・写真展]

土曜日の夜に「横山大観展」夜間特別展覧会にご招待いただいて横浜美術館まで行ってきた。今までの大観についての知識がいかに狭いものかが良く分かってよっくりと大観の主に大正期の作品を堪能してきた。なお、撮影は夜間特別展覧会のために特別に許可されておこなった。

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大観と言えば霊峰富士に屈原ということだったので、まず 屈原。この絵は写真でしか見たことがなかったが実物はかなり巨大でかなりの迫力。厳島神宮に所蔵されていて、貸し出しの例は珍しいと説明してくださった学芸員の方のお話だったので、実物を見られるのはかなりのラッキーなことのようだ。小さな写真では良く分からなかった屈原の右の雲とか鳥とか植物の様子が良く分かった。

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今までの固定観念で霊峰富士の印象が強いので、前に「生々流転」を見たことがあったが、それでも墨絵ということはあまり考えていなかった。でも墨絵が結構あってかつどれもいい感じなので大観という画家のごく一部しか知らなかったことを実感。この屏風の前にしばらくたって見ていたがいい感じだ。いい写真と同じで諧調が豊かで、右と左の対比がすごく気に入った。

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色彩の美しい絵は琳派の作品を学んで書いたそうだが、何点かは琳派というよりモダンな感じのする構図で琳派と言う感じはまったくしない。琳派を学んだでそこから大観の絵を確立していったということなのだろう。

今朝は忙しかったので 「横山大観展」の紹介だけで、時間をとって続きを書いてみたい。

「横山大観展―良き師、良き友」

会期:2013年10月5日(土)~2013年11月24日(日)

 ※会期中展示替えがあります。(前期:10月5日~30日、後期:11月1日~24日)

休館日:毎週木曜日 

会場:横浜美術館(横浜市西区みなとみらい3-4-1)

開館時間:午前10時~午後6時(入館は閉館の30分前まで)

 

 

 


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「アンドレアス・グルスキー」展 [美術展・写真展]

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新国立美術館に「アンドレアス・グルスキー」展を見に行った。基本的には好きなタイプの写真家なのだが、最近はデジタルだということと、「ラインII」が4億円以上で落札されたことであまりにも有名になってしまったので天の邪鬼的性格からは反発を感じることもあるが、ともかく見ておかなければという義務感で出かけた。

言ってみてすごいということとこんなものかという両方を感じた。個人的な好みではベッヒャー派の写真は好きで グルスキーの写真も好きな種類の写真であるが、作品としての「ラインII」は好きでも、それがデジタルで加工されたものであるということで気分が萎えてしまう。でも考えてみれば出来上がった作品が好みというのに作るプロセスが違うからと拒否するのもおかしな話だ。写真の定義をどうとらえるかだが、カメラを入力装置として使った作品を写真としてとらえれば問題ない。アナログフィルムで撮ってプリントするといことをやっているとデジタルで加工された写真を否定したくなるが、写真の定義は変わっていくものだろう。アナログの写真も常に当時の科学技術を適用して利用しながら発展してきたものだから、発明された当時の方法以外は認めないという狭量というものだろう。

グルスキーの作品の特徴は、その緻密さと巨大さだが、今回展示された「ラインII」 があまりに小さい、と言っても他の人なら普通の大きさだが、ちょっと拍子抜け。有名になったあの作品をわざと小さい作品でしか展示しなかったことから、今回の展示をグルスキーが「ラインII」の名声に寄りかかりたくなかった姿勢がうかがわれる。細部の緻密さを全体の抽象性に見せるにはあのサイズが必要なのかもしれないが、あまりにも大きすぎると思うが、アートとしては大きい方が売れるということもあるらしい。

巨大さも緻密さも、初期の作品はフィルムで作っていたから限界があったのだろうが、デジタルになってたくさんの画像をスティッチングすることで可能になった。その意味では、やりたいことがあって可能な技術を利用しているということも言える。私のように安いからという理由でモノクロフィルムでとってアナログでプリントしてという写真とは方向性が逆だ。

使っているカメラはアルパ12という中版カメラで中版のデジタルバックを使っているそうだが、それよりも撮った写真をパソコンで編集してという作業がすごそうだ。とても手間と言う意味でも足元にも及ばない時間がかかっているはずだ。

写真としてベッヒャー派のような情念をそぎ落とした乾いた世界が好きだ。私の撮る写真は良く模様にしか見えないということを言われるが、模様のように撮って、具体的な被写体は避けたいと思っている。グルスキーは個別の精緻な部分が全体で模様に見えるように写真を作っているように見えるが、最近の衛星写真とかバンコク川の写真は好きだ。あの抽象化されたような画像があの大きさで迫ってくるので、あれを見るためだけに足を運んだ意味はあった。

図録が3500円もして迷ったがバンコクの写真が今後も見られるということで高価な図録を買って帰ってきた。


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「米田知子写真展」東京都写真美術館 [美術展・写真展]

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 「米田知子写真展」は見なくても良いかなと思っていたが、友の会の会員の更新手続きもあったので、都写美まで出かけた。更新してたら来年の9月の写真展の終了時までで,その後は長期休館に入るので有効期間もそれまでという説明があった。休館期間はと聞いたのだが、担当者も年単位の休館ということ以上は分からないという回答で、1年なのか4、5年なのかまったく分からなかった。

米田知子写真展は見なくても良いかなと思っていたが、結論からすると逆説的に見て良かった。会場はいつもと違って左回りで何か変な感じがするが、それも日常からの感覚を狂わせる目的があるのかもしれないし、単に逆時計回りにしたかっただけかもしれない。

入っていくと風景の写真が並んでいる。最後に説明を読むと、それが北朝鮮と韓国の国境だったり、満州事変の始まった場所だったり、特攻隊が飛び立った基地の野球場だと分かる。これは、どういうことを意味しているか考えると、歴史や事件に焦点を当てた写真で、情報として写真の外側にあるものと一体になって作品として成立するということなのだろうと想像する。当たり前の風景なので被写体に寄りかかった写真ではないが、写真の中に写っていない説明を読まないと作品とならない種類の写真だ。つまり歴史といテーマやコンセプトがありそれに関係した場所に行って写真を撮ったという作品だ。

最後の「積雲」というシリーズは、震災後の福島、天皇家、広島、靖国神社という写真が並び、分かりやすいあざとさというか安易というかという展開で素人の目にも笑ってしまうようだ。一点一点の写真は良いのだが、こういう安易な写真の並びは浅いように思えてしまうが、素人には浅いが、アーティストには別の意味があるのだろうか。

個人的には、台湾で撮った、政治家の家の内部の写真のシリーズ(Japanese House)と韓国にある日本の併合時代の病院を韓国の秘密警察として使っていた建物の内部の写真(Kimusa)が、写真として面白い。勿論、写真の外側にあるそういう情報を知ることでさらに興味深い。

 「米田知子写真展」をみることで、写真の作品としてのありかたが良く分かった気がした。そういう意味で行って良かった写真展だった。個人的には自宅から自転車か徒歩で行ける所でしか写真を撮っていないので、自分の写真とは違う、旅行写真とかファッション写真とかルポルタージュとも違う種類の写真を見ることができた。自分は意味のない場所を撮り方とか光の様子で違う世界が見えるということを写真にしようとしているので、米田知子さんのような写真を将来考えても良いかなとも思った。そういうコンセプトが見つかればということだが。


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